-希望のバス、整理解雇労働者と市民との新しい形の連帯-

キム・ジンスクさんへの手紙


岡田 卓己(おかだ たかし :啓明文化大学 教員)


キム・ジンスクさん、ありがとうございます。そして、本当におめでとう。
お体は大丈夫ですか。ほとんどお粥しか食べられないとお聞きし、心配しております。


「整理解雇が撤回されるまで降りない」と言っていたあなたは、11月10日、あの地上35mのレーンから本当に「自分の足で」降りてこられましたね。これは、韓進重工業の労働者とキム・ジンスクさん、そして韓国の数多くの市民の連帯が作り出した「奇蹟」としか言いようがありません。

韓国市民とあなた方が作り出したこの勝利は、単に韓国の整理解雇・非正規労働者にとっての希望であるだけでなく、新自由主義の進展の中で苦しめられている、日本、アジア、世界の労働者・市民、そして社会的な差別を受けている人々にとっての、大きな希望になりました。「人間らしく生きる権理」のために闘うすべての人々に、勇気を与えてくれています。


申し遅れましたが、私は2006年に教職を辞め、韓国・大邱で生活するようになった日本人です。日本は過去に、朝鮮(韓)半島を初めとするアジア諸国を侵略し植民地とし、アジアの人たちに多大な被害を与えました。しかし日本政府や企業は、この過去をしっかりと清算していません。私は、日本の一市民として、韓国の市民と交流し相互の理解を深め、共に日本の政府や戦犯企業に過去を清算(真相の究明と認定、謝罪、賠償)させ、その上で21世紀の平和と民主主義・人権の東アジアを共に創っていきたいと考え、韓国に来ました。日本が未来へ向けて取り得る道は、この道しかありません。

T85クレーンのキム・ジンスクさん





【写真1】私たちの電話に、手を振って応えてくれるキム・ジンスクさん
(写真をクリックすると、大きい写真を見ることができます)

実は、私は一度、キム・ジンスクさんと遠くからお会いしています。11月7日のお昼時、クレーン下の道路を挟んで互いに手を振り合った4人の日本人の内の一人が私です。そのとき友人が携帯電話で、「私たちは、11月13日に開催予定の『福岡 さよなら原発 1万人集会』を契機に、日本市民と韓国市民が脱原子力エネルギー問題で連帯を深めるため、日本から来ました。キム・ジンスクさんがクレーンに登られてから306日目と聞きました。私たちも、福岡市にある九州電力本社前で座り込みを始めて今日で202日目になります。キム・ジンスクさんの方がずっと先輩ですね。共に頑張りましょう」と話しました。覚えておられますか。

手を振る日本の仲間





【写真2】キム・ジンスクさんを見つめ応援する、日本の仲間
(ピントが合っていないため、大きい写真は別の写真に差し替えました)


手紙の最初に、「自分の足で」降りてこられたことは「奇蹟」と申しました。それは、1997年のIMF危機以降、韓国のほぼすべての非正規労働者の闘いや整理解雇反対の闘いは敗北し続けてきたからです。2009年、双龍自動車の整理解雇に反対する工場占拠の闘いは、会社側の「再就職させる」という空約束と、公権力の導入の前に敗北しました。そして、これまでに解雇された労働者とその家族19名が、自ら命を絶たれたと聞きます。また「長期の非正規雇用は違法である」との大法院判決の実施を会社に求め、正規雇用を勝ち取る目的で立ち上がった、蔚山・現代自動車非正規工の闘いも同様な手法で押しつぶされました。ひとたびストライキに立ち上がった労働者とその家族には、「アカ」とのレッテルが貼られ、再就職もままならず悲惨な生活をしいられると聞いています。

だからこそ、韓進重工業の整理解雇に反対する闘いの山場であった6月27日、「韓進重工業退去および仮処分執行」を名目にした強制執行の圧力を前に、韓進重工労組の当時の執行部は「全組合員がストライキを撤回し業務に復帰する」と、整理解雇労働者を見捨てました。資本と労働の間に超えることができない力関係の壁が存在し、これまでの闘いの敗北の経験から「屈する以外に道はない」と考えたからでしょう。このとき韓国の言論多数派も、事態は「収拾」する方向で進展すると見ていました。

退去執行官250人工場内へ進入したとき、ストライキ撤回反対の労組員60人はクレーンに綱でからだを縛り、あなたは涙まじりに「皆さん、私たちを生かして下さい。私たちは生きたいです」と訴えてクレーンを死守しました。「私たちは生きたいです」とは、なんと壮絶な叫びでしょう。敗北した労働者の前には、どんな暮らしが待っているのかは良く知っている。だからこそ、あなたは「この闘いだけは、命をかけてでも勝たせたい」と、心の底から願ったのですね。

解雇労働者の籠城と支援





【写真3】クレーンの中段(キム・ジンスクさんの下)で籠城を続ける整理解雇労働者。
キム・ジンスクさんへの支援物資を、ロープに吊して引き上げている。
(写真をクリックすると、大きい写真を見ることができます)

しかし、これまで孤立していた韓進重工業の労働者と、孤独なクレーン籠城を続けるキム・ジンスクさんの闘いをめぐる情勢は、6月から急激に変化しつつありました。詩人のソン・ギョンドンさんらが発案し、多くの市民団体・個人が支えた「整理解雇のない世の中、非正規職のいない世の中のための希望のバス」(希望バス)の登場です。


6月11日から12日、ソウルをはじめとする全国各地から700名が、希望を乗せて釜山へと向かいました。そして、多くの市民は韓進重工業影島造船所の塀を越え、85号クレーンの下でキム・ジンスクさんとの交流を果たしました(このとき俳優キム・ヨジンさんら6名が逮捕)。この動きに押され、6月17日、国会環境労働委員会はチョ・ナムホ韓進重工業会長を聴聞会証人とすることを採択しました。しかし、チョ・ナムホ会長は同日に海外に向け出国するという、道徳的にも恥ずべき会社側の態度を人々の前にさらけ出してしまいました。

このような、資本と労働との力関係の大きな変化を前に、会社・警察・裁判所は一体となって、7月9日の第2次希望バスが到着する前に韓進重工業の闘いを鎮圧しようと図ったのが、6月27日の強制執行と前組合執行部の屈服、そして7月5日の一触即発の事態だったのだと思います。

そして、7月9日と10日の第2次希望バスの実施。この日は、第1次希望バス参加者700名の10倍、なんと7000名が釜山に集まりました。参加者も多様化し、「市民や政党の党員、労組活動家、大学生、医療関係者、宗教家、法律専門家だけでなく、障害者、性的少数者、再開発で立ち退きを迫られた人々、移住労働者、青少年など、社会的弱者も大挙参加。双竜自動車、柳成企業、ヴァレオ空調コリアなどの長期闘争労働者も9日から2日間、釜山に滞在」とハンギョレ新聞は伝えています。警察は影島大橋を封鎖し、参加者に対し新型の催涙液を使用したと、米国CNNは放映しました。民主労働党のイ・ジョンヒ代表もこの時、催涙液の被害に遭いました。

この日の前日、キム・ジンスクさんはツイッターに、「希望のバスは多くのことをもたらすでしょう。愛、希望、連帯、これらすべてのものを込めた『人間に対する礼儀』。この道を礼儀知らずたちが阻もうとするでしょう。1万名が集まることで、私たちはすでに勝ちました。最も平和な勝利! 大胆で楽しい祭り! 新しい歴史の主人公を、ときめく気持ちで待ちます」と書きました。「私たちはすでに勝ちました」、その通りです。希望バスに参加した「新しい歴史の主人公たち」、その通りです。この日、力関係は完全に逆転しました。


1月6日の明け方、あなたは誰にも告げずT85号クレーンに登りました。これまで韓新重工業で闘い、この世を去った3名の先輩・仲間の思いを胸に。そのクレーンは、2003年、解雇組合員の復職を要求し129日間にわたり籠城し、この世を去ったキム・ジュイク支部長が登ったクレーン。あなたは、「降りることは考えていなかった」と語っています。夜間開講の労働者学校で全泰一(チョン・テイル)の伝記をもらい、泣きながらその本を読み明かしたというキム・ジンスクさん。あなたはきっと、全泰一と同じことを考えていたのでしょうね。
また2月14日、会社が職場封鎖を決定し、希望退職を受け入れない者を翌日整理解雇すると発表した日、組合は「会社の退去要請に応じず玉砕闘争をする」とも表明しました。しかし、希望を乗せたバス・列車・自転車・徒歩など、さまざまな市民の創意をこらした運動と、整理解雇労働者の力が結びついた時、この「奇蹟」が実現しました。「玉砕」ではなく「勝利」を。

労働者と市民の新しい形の連帯と勝利。このようなことが、かって世界にあったでしょうか。このような新しい連帯の道を行動で示してくれた韓国社会を私は心から尊敬します。「私たちは生きたい」との解雇労働者とキム・ジンスクさんの叫びを、韓国の素晴らしい市民たちが実現してくれました。


韓新重工業の闘いの中で見えてきたことは、資本は完全なモラルハザードを起こしているということです。2ヶ月以上の「海外出張?」からチョ・ナムホ韓進重工業会長がようやく帰国したため、8月18日に開くことができた国会聴聞会で、釜山市・沙上区選出のハンナラ党議員は「韓進重工業は2007年から2009年まで当期純利益が1433億で、2010年の1年だけが517億の赤字だった。流動資産も1兆ウォンを持っているが、2年間に3千人の労働者を整理解雇するのが正当なのか」と問いただしました。7月の時点で、キム・ファンシク国務総理は「174億ウォンを越える配当金を分け合う会社で整理解雇をするとは話にならない」とハンナラ党や政府でさえ韓新重工業の経営を批判しました。韓国の国務総理も指摘するように、2月の整理解雇を通告した翌日、経営側は174億ウォンもの厖大な配当金を資本家に分け与えました。さらに6月27日、当時の労組執行部と「労使合意」(3年以内の再雇用)をした直後、会社はコンテナ船4隻(2億5000万ドル)と軍艦2隻を受注しました。影島造船所が「受注ゼロ」の間、韓進重工業のフィリピン・スービック造船所は31件の船舶受注をしました。この間、韓進重工業より賃金が高くコストが高くつく韓国の他の造船所は、多くの受注を受け続けました。こうした事実は、会社の言うように「2年半以上、船舶受注を受けられなかったための整理解雇」ではなく、「受注ゼロ」は労働組合をつぶし生産拠点を釜山からフィリッピンに移すために、会社が意図的に「受注しなかった」ことを明らかにしています。

「資本家の利潤よりも、労働者の暮らしがより大切だ」と、巨州島の高圧電流が流れる鉄塔に登ったカン・ビョンジェ大宇造船下請け労働者組織委員会議長は叫びました。あまりにも当然なことです。
韓国の憲法には、近代民主主義の基礎となった「アメリカ独立宣言」やフランス「人間と市民の権理の宣言」を継承し、「すべての国民は人間としての尊厳と価値を持ち、幸福を追求する権理を持つ」(10条)と書かれています。この権理の行使の大前提には、人は生きなければならず(生存権)、働かなければなりません(労働する権理)。しかし、生命の権理(生存権)と直接結びつく働く権理について、韓国政府と裁判所は、「構造調整、民営化、整理解雇などは経営権に該当する問題なので、これを阻むためのストライキはできない」と解釈していると聞き驚きました。こうした「解釈」では、整理解雇や非正規労働に反対するすべてのストライキは「不法スト」となります。
韓国の勤労基準法には「雇用者は労働者を正当な理由なしに解雇してはならない」とあり、「労働組合および労働関係調整法」2条5項には「『労働争議』とは、労働組合と使用者または、使用者団体間に、賃金・勤労時間・福祉・解雇その他の待遇等、勤労条件の決定に関する主張の不一致によって発生した紛争状態をいう」と、「解雇その他」の問題が「労働争議」「勤労条件の決定に関する主張」であることを明記しているにもかかわらず。
労働者が、1日で働き口を失い、家族と共に路頭に迷う整理解雇に対するこのような解釈は改めさせなければならない大きな問題だと思います。


※ ちなみに、現在韓国では教科書の編纂にあたり、「『民主主義』ではなく『自由民主主義』を教えろ」ということが争点になっています。私は、きわめて政治的な用語になっている「自由民主主義」ではなく、「すべての人間は平等であり、生命と幸福追求の権理を持つ」との規範から権理が体系づけられる「アメリカ独立宣言」やフランスの「人間と市民の権理宣言」に含まれる近代民主主義の核心をなす原理こそ、多くの人々、特に子どもたちが継承しなければならない理念だと信じます。さらに「アメリカ独立宣言」では、「権力乱用と権理侵害が度重なり、人民を絶対専制のもとに帰せしめようとする企図が明らかとなるとき、そのような政府をなげうち、自らの将来の安全を守る新たな備えをすることは、人民にとっての権理であり、義務である」と、圧政への抵抗を人民の「権理」であるのみならず、「義務」であると宣言しています。


日本でも状況は韓国と同様です。1985年国会で「労働者派遣法」が可決され、それまで禁止されていた労働者の「間接雇用」が合法化されました。新自由主義が世界的に進行する中で、「国際競争力をつけるため」とか、「労働の柔軟性」が不足し雇用創出ができないなどが理由とされました。その後、特に若者たちを中心に、正規雇用ではなく派遣労働と非正規雇用が増加していきました。「ニート(Not in Education, Employment or Training, NEET)」という言葉が日本で流行したのもこの頃です。そして2008年のリーマンショック。この年の暮れまでには、多数の派遣労働者や非正規労働者が解雇され(「派遣切り」と言われた)、文字通り労働者は「路頭に迷い」ました。これを助け、越冬・正月を迎えられるよう、市民たちは公園で炊き出しも行いました。こうした状態の中から、ようやく「労働者派遣法」の改正問題が浮かび上がりましたが、現在、民主党政権下で「製造業への派遣を禁止する」という核心的な内容が削除され、法案は骨抜きにされている状態です。


こうした世界的な動向の中で、韓進重工業の労働者とキム・ジンスクさん、そして希望バスの運動は、世界中の労働者と市民に希望を与えてくれました。
それなのに、私はこの間、何もできなかったことをとても恥ずかしく思っています。せめてもの罪滅ぼしにと、キム・ジンスクさんに手紙を書き公開することで、韓国の労働者と市民が成し遂げた新しい希望の連帯運動を日本の皆さんに知ってもらいたいと思いました。


キム・ジンスクさん、ありがとうございます。

会社に合意を遵守させること、拘束令状が出された詩人のソン・ギョンドンさんたちの問題など、なすべきことは多いと思いますが、お体に気をつけて闘ってください。


いつかお会いしたいと思っております。


2011年11月21日

岡田 卓己 拝上

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註)

1.「けんり」は、「利害・利益」の「利」を使う「権利」ではなく、「当然のことわり」を表す「理」を使い「権理」としました。


2.韓進重工業の労働者とキム・ジンスクさん、そして希望バスの運動を理解するため「経過表」を作成しました。参照してください。
韓進重工整理解雇問題の経過

なお、手紙本文と「経過表」については、ハンギョレ新聞の承認を得て日本語訳を発表し続けている「ハンギョレ・サランバン」の記事を参考にして書きました。ハンギョレ新聞社とハンギョレ・サランバンの皆様に深く感謝致します。
ハンギョレ・サランバン http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/
ハンギョレ新聞 http://www.hani.co.kr/ 韓国語
上記ハンギョレ・サランバンのWebPageから、「キム・ジンスク」、「韓進重工業」、「希望バス」などをキーワードに検索すれば、ほぼすべての記事が読めます。検索欄は右上にあります。


3.キム・ジンスクさんの人となりや闘いへの決意などがよく分かる、ハンギョレ新聞インタビューは、以下を参照してください。
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1500583.html
原文 http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/483458.html


4.NHKで放映されたドラマ「チャングムの誓い」出演などで知られる俳優キム・ヨジンさんとの闘いの中での熱い交流については、以下を参照してください。
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1560603.html
原文 http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/504907.html